ここまで読んで、諭吉が単に「和歌や古文がいけないものだ」と言っているのではない、ということが明らかになります。
王制 一度 ( ひとたび )新たなりしより以来、わが日本の政風大いに改まり、外は万国の公法をもって外国に交わり、内は人民に自由独立の趣旨を示し、すでに平民へ 苗字 ( みょうじ )・乗馬を許せしがごときは 開闢 ( かいびゃく )以来の一 美事 ( びじ )、士農工商四民の位を一様にするの 基 ( もとい )ここに定まりたりと言うべきなり。
文系か理系か• 【参考】:「」 所蔵者: 池田弥三郎(樹冠人) 平成二十三年(2011年)三月作成. 書中に記すところは、西洋の諸書よりあるいはその文を直ちに訳し、あるいはその意を訳し、形あることにても形なきことにても、一般に人の心得となるべき事柄を 挙 ( あ )げて学問の大趣意を示したるものなり。
「愚民の上に苛き政府あり、良民の上には良き政府あり」。
、 まんが『』〈Business Comic Series〉、2016年9月。
心学、神学、理学等は形なき学問なり。
それを記した者は「慶應義塾 五九樓仙萬 記」とあり、「五九樓仙萬(ごくろうせんばん)」とは福澤諭吉のペンネームである。
明治9年に出版された、17編で最後になります。
知識見聞を開くためには、あるいは人の言を聞き、あるいはみずから 工夫 ( くふう )を 運 ( めぐ )らし、あるいは書物をも読まざるべからず。
人の生まるるは天の 然 ( しか )らしむるところにて人力にあらず。 「荀子」 人は生まれながらにして貴財貧富の別なし。 旧幕府の時代、東海道にお茶壺の通行せしは、みな人の知るところなり。
こは政府の苛きにあらず、 愚民のみずから招く災(わざわい)なり。
医学などと協同し、薬の可能性を追究する 理系理学• そして、その原因を自分に求めようとせず、他を批判する。
" ・"When I was a student I devoted myself to my studies. この中で一番馴染みがあるのは、やはり「々」の字でしょう。
わが日本はアジヤ州の東に離れたる一個の島国にて、 古来外国と交わりを結ばず、 ひとり自国の産物のみを衣食して 不足と思いしこともなかりしが、 嘉永年中アメリカ人渡来せしより 外国交易こうえきのこと始まり、 今日の有様に及びしことにて、 開港の後もいろいろと議論多く、 鎖国攘夷(じょうい)などと やかましく言いし者もありしかども、 その見るところはなはだ狭く、 諺(ことわざ)に言う 「井の底の蛙かわず」にて、 その議論とるに足らず。 特に、『こども「学問のすすめ」』(斎藤孝 著)では、これからの未来を担う子どもたちのために、(小学生の子どもでも理解できるくらいに)とてもわかりやすく説明されています。 ただし福沢は思想家であり、すぐれた教育者でもあった。
10今回紹介した「學問のすゝめ」の構造は、昆野和七の「新版の序」に続いて、「目次」「合本學問之勧序」「附録」「解題」となっている。
これを上策と言うべからず。
しかるにその不誠不実、かくのごときのはなはだしきに至る 所以 ( ゆえん )は、いまだ世間に民権を首唱する実例なきをもって、ただかの卑屈の気風に制せられその気風に雷同して、国民の本色を 見 ( あら )わし得ざるなり。
(自然科学とすることもある)• 「学問のすゝめ」という本は、賛成反対の世論の渦を巻き起し、著者の言うところによれば、一冊二十万ずつ、三百四十万部も忽ち売れたというが、ペインの「コンモン・センス」も、五十万も出たと言われる。 今から約200年も前の人が示した考え方であるのに、世の中が激変した現在まで残っていることは、非常にすごいことですね。 地理学とは日本国中はもちろん世界万国の 風土 ( ふうど )道案内なり。
3芸をもって口を 糊 ( こ )するは難きにあらず。
『学問のす丶め 現代語で読む人生の最高名著』訳・解説、三笠書房〈知的生きかた文庫〉、1989年5月。
- 抄文。